主語の違いは人生の違い

建築・不動産関連のTデザインシステムの経営者とお会いした。なんとういか、空(ソラね)のヒト。雲の上の存在とかいう意味ではなく、なんだか空のようなヒト。視点、発想、行動力すべて空(ソラ)。
彼:「子供ができて、ハワイなど長時間移動の旅行に行けなくなってしまったんですよ」
ウン、俺もそう思う。同じ境遇。
彼:「国内のリゾートは、そんなにいい所ないですよね。」
マア、そういうヒトもいるかもな。
彼:「だから、沖縄に○○○億円掛けて作ることにしました。沖縄○○地域では最高級のリゾートなんですよ。」
だそうです。絶句しました。ポカーンってなるの初めて体験しました。


ミーティングを通してあちら側と、こちら側では埋められない深くて大きい隔たりが存在することを痛感。ビジネス以前の問題。姿勢というか、思いというか、何とういうか。
もっとも象徴的だったのは、話を語る主語。
こちら側「こういう話をよく聞きますよね・・・。」のように三人称で、第三者的。
あちら側「私は○○やったとき、こうだった。次はこれやる。」のように一人称で超主体的。
単純に主体的に話せということではなく・・・。なんというか、経験?思考回路?腹の括り具合?よくわからんが、自分自身が、27歳で起業して40歳になるまでやってきた事実、これがすべてだと思う。
改めて自分の人生について考えてしまった・・・。本当に貴重な体験でした。有難うございました。